WEBニュース

創刊号

日本口腔機能水学会の変遷

前日本口腔機能水学会会長・昭和大学名誉教授 芝 燁彦

1.はじめに

 本学会の会員数は現在184名、毎年学術大会が開催され、各領域から活発な発表が相次ぐようになりました。最初から本学会に携わっておりました私にとりましては本当に望外の喜びであります。
 今回新たなる発展を目指してWEBニュースを発行することになりました。若い先生方は本学会がどのように発展を遂げてきたかご存知ない先生方も多いと思いますので、私見を交えてこの学会の変遷を記述したいと思います。

2.強電解酸性水生成装置の開発

 強電解酸性水生成装置は秋田県にある三浦電子株式会社が開発し、OXILYZERとの商品名で発売されたのは、1987年(昭和62年)4月であります。硫酸や塩酸を使用して精製水を希釈し、pH1.5にしたところ細菌を抑制することが判明し、更に電気分解によって上水をpH1.5に下げることを試みている中で、pH2.7以下の強電解酸性水が大腸菌群を死滅させることがわかりました。そこでpH2.7以下の強電解酸性水を作るために電気材質、隔膜材質など、種々の検討を行い、本来あまり使用したくなかったとのことですが、上水にNaCl(食塩)を添加物とし、それも必要最低限の使用量として500~700ppmを限度に添加することにより、強力な殺菌効果を発揮する強電解酸性水を生成することが可能な装置を開発したのであります。OXILYZERの開発には並々ならぬ努力があったそうです。

3.強電解酸性水との出会い

 水野徳治氏(当時特殊分析研究所副社長)と加藤都喜男氏(当時ヤトロン社員)の2人が芝紀代子(東京医科歯科大学医学部検査部講師)の紹介で私に面会に来ました。芝紀代子は、知人である加藤都喜男氏から強電解酸性水の話を聞き、ひょっとしたら歯科領域で使えるのではないかと閃いて、2人を私に引き合わせたのであります。この時私は初めて、強力な殺菌力を有しており、“魔法の水”と呼ばれているという、強電解酸性水の存在を知りました。

4.強電解酸性水の殺菌効果の初実験

 正直なところ私はこの水が素晴らしい殺菌力を有しているという話を信じていなかったのですが水野氏の熱意に打たれて、この水の殺菌効果の実験を行うことにしました。
 試験菌株は一般的で代表的な菌として大腸菌Escherichia Coli う蝕に最も関係の深い菌であるStreptococcus mutans、デンチャープラークを形成している主たる細菌Candida albicansの3種類の細菌を選択し、強電解酸性水の細菌に対する殺菌効果を調べました。作用時間は10秒、30秒とし、実験を行ったところ10秒という瞬時の時間に3種類の細菌が100%死滅することが判明しました。
 以上の結果から強電解酸性水は従来の消毒薬に代わる新しい消毒薬になりうると確信を持ち、教室の主たる研究テーマの一つとして本格的にやってみようと決心した次第であります。

5.強電解酸性水の演題による初の学会発表

 1990年10月大阪で開催された第84回日本補綴歯科学会学術大会において“OXILYZER®による電解水の歯科領域への応用 第1報 電解水の使用条件”と題して私が当時主催していた昭和大学歯学部第3歯科補綴学教室の田村文誉先生が発表しました。この発表が日本での歯科領域学会における強電解酸性水の初めての研究発表でありました。続いて同年11月、仙台で開催された第38回JADR(Japanese Association for Dental Research)総会において当教室の万代倫嗣先生が“OXの殺菌効果”と題して発表しましたが、歯科界で全く知られていない強電解酸性水の発表には、当然のことながら冷ややかな反応しか得られませんでした。
 しかし、私は強電解酸性水が将来新しい消毒・殺菌薬になり得ると、何故か確信していましたので、日本補綴歯科学会学術大会に “第2報 生体に対する殺菌効果について(1991年)”、“第3報 口腔内細菌の殺菌効果について(1992年)”、“第4報 支台歯の歯肉溝内細菌に対する細菌効果について(1993年)”、“第5報 歯牙および歯科用金属に対する影響について(1994年)”と矢継ぎ早やに発表を重ねていきました。そうしたところ、徐々にではありますが、強電解酸性水に興味を抱く先生を増え始め、朝日大学第1歯科補綴学、日本歯科大学新潟第2歯科補綴学教室からも演題が出てきました。その他日本保存学会、日本歯周病学会、日本歯科薬物療法学会、日本歯科理工学会、日本歯科インプラント学会でも強電解酸性水に関する演題が出されるようになりました。

6.強電解水歯科領域研究会の誕生

私が中心になって強電解水歯科領域会を発足させる原動力になったのはアクア酸化水研究会によるものであります。
1)アクア酸化水研究会
アクア酸化水研究会が発足したのは平成4年5月18日であります。ヤトロン役員会議室で準備会が開かれ、研究会世話人代表に関東逓信病院の岡田淳先生が推薦され、私が世話人として名を連ねました。そして第1回アクア酸化水研究会が平成4年6月18日、龍角散ビル大会議室で開催されました。演題は医科分野、歯科分野、薬学分野から7題あり、私は“口腔内の殺菌効果について”という演題で発表しました。研究会も会を重ねるごとに参加人数も増加し、研究発表もin vitroの基礎的な殺菌力の研究から、機材・機器の消毒・洗浄、院内感染、環境衛生への応用、臨床的にはアトピーなどの治療、創傷・火傷の治療、脳外科手術時の消毒洗浄、口腔内の歯周ポケット内の消毒・洗浄など種々の分野からの発表がなされた。非常に活発な研究会でありましたが、第10回を最後にアクア酸化水研究会は平成7年1月25日をもって発展的に解消しました。
2)強電解水歯科領域研究会発足に向けて
10回にわたって開催されたアクア酸化水研究会での発表から、強電解酸性水は口腔内細菌を含むほとんどすべての細菌に対して、瞬時にしかも強力な殺菌作用を有すること、またこれまで使用してきた薬剤による消毒薬と比較して生体親和性に優れほぼ無害であることから、口腔内に極めて適した殺菌・消毒薬として使用可能であること、一方強電解アルカリ性水はタンパク質の溶解及び洗浄効果があることから、義歯の洗浄に使用可能であるなどが証明され、 私は強電解水の歯科領域への応用範囲が非常に大きいと判断しました。
一方、強電解水は驚異の水としてテレビ・雑誌などに頻繁に取り上げられるようになり、一般の人でも知っているというブームが到来しました。そして、流行に敏感な多くのメーカーが我先にと強電解水生成装置の製造に着手し、私共が発表したデーターをもとに各歯科医院への発売を始めたのです。使用方法もわからないままメーカーの一方的な宣伝に乗って買わされ、使用しているケースが増え始め、近い将来必ずトラブルが続出してくることを危惧せざるを得なくなり、速やかに使用マニュアルを作成しなければならないと痛感した次第です。
また強電解水の殺菌の作用機序はある程度解明されてきましたが、まだ完全とは言えない状態でありました。例えば創傷治癒効果あるいは止血効果を有しているのは事実であっても、そのメカニズムについては解明されていませんでした。歯科領域で強電解水を使用するだけでもまだ解決しなければならない多くの問題が残されており、歯科関係者が真剣に強電解水について研究し、成果を発表する場を設ける必要があると考え、強電解水の歯科領域への研究会の設立を決心した次第であります。
3)強電解水歯科領域研究会準備会
研究会発足にあたっての準備会は1994年3月17日、龍角散ビル大会議室で開催されました。出席者は大学関係者と臨床的な面から協力をいただいている東京都歯科医師会学術担当理事大貫康男先生、神奈川県歯科医師会学術委員長三浦頡剛先生に監事として参画していただきました。 その会議において研究会の名称は“強電解水歯科領域研究会”と決定され、代表監事として私が選出されました。研究会発足の目的は強電解水の殺菌作用の機序の解明、その他の基礎的検討と歯科領域への適正な普及などであります。
4)強電解水歯科領域研究会の開催
第1回強電解水歯科領域研究期は1994年6月16日、龍角散ビル大会議室で開催されました。全く宣伝しないで開催したにもかかわらず、50名を超える参加者で、開業医を始め、大学関係者、病院関係者、看護師、衛生士、メーカーなど多職種に及びました。
研究会は開会の辞として代表幹事である私が、強電解水歯科領域研究会の発足の経緯、そして強電解水の性状と特性について講演しました。演題数は6題で強電解水についての知識がまだ一般に知られていないことから、強電解水の基礎的研究と医科領域・歯科領域の応用についてに的を絞った講演がなされましたが、大変内容の充実した講演ばかりでありました。その後1999年までに強電解水歯科領域研究会は計8回開催されました。

7.日本口腔機能水学会の発足

第8回の研究会は宮崎隆教授(昭和大学歯学部歯科理工学教室)を大会長として、東京医科歯科大学5号館、3.4階講堂で開催されました。特別講演3題は“電解機能水の食品産業への応用と課題、“医療現場における酸性電解水の使用経験”、“電解水における最近の進歩”で、強電解水の多方面への応用、また、これまでの問題点の整理と現状についての解説がなされ、これからの方向性も示されました。加えて、一般演題18題、コマーシャル講演、展示も行われ、参加者250名を超え大変盛況を極めました。
 参加者の増加、演題数の増加、研究の質の向上に伴い久光久理事より研究会を学会へ移行させようという動議が出され、本大会の理事会および総会において検討した結果全員一致で研究会から学会へ発展移行することが決定されました。それに伴って学会名は「日本口腔機能水学会、The Japan Society for Oral Functional Water」と命名され、会長 芝 燁彦、副会長 村井 正大教授が選出されました。本学会の目的は歯学及び関連領域において機能水に関する研究の進歩・発展と知識の普及を図り、国民の保険の増進に寄与することにあります。その目的を達成するために学術大会を開催することが決定されました。そして同時に日本口腔機能水学会誌も年一回発刊されることになりました。
 名称の変更にあたっては強電解水から機能水へと変更されました。これは電解することにより生成される水だけでなくオゾン、磁気、光等のエネルギーが与えられて生成された水も有効な機能を果たすことがわかったからであります。機能水の応用分野は、工学分野、医療分野、農業分野、ゴルフ場、畜産業、食品分野、漁業分野、理美容業、ビルマンション、一般家庭へとあらゆる分野で応用利用されており、その広がりは無限であります。
 歯科から口腔に変更したのは歯科一般の予防・治療のみでなく、口腔から摂取される食品、飲料水など農業・漁業・食品それらすべてを含めた領域、また機能水による人の健康保持、増進を含めた領域まで幅広い研究を行いたいと考えたからであります。

8.日本口腔機能水学会学術大会の開催

 第1回日本口腔機能水学会学術大会は区切りよい2000年の3月25~ 26日、東京医科歯科大学で開催されました。機能水の発展を期待して“21世紀にはばたけ機能水”をメインテーマとしました。これは21世紀を迎えるにあたり、機能水によって人の健康保持、増進を図り、そして自然保護に優しい社会の実現を目指したいとの願いからであります。2日間の学術大会において、会長講演、基調講演、記念講演、さらに特別講演とシンポジウムは各2題、一般講演23題、コマーシャル講演、展示会もあり、大変盛況で活発な討議が行われました。

9.口腔機能水ガイドラインの発刊

 学会になってから更に機能水の基礎的・臨床的研究の成果が数多く発表され、機能水に関する科学的解明とその有効な臨床応用法が明らかになり、それらの研究は学会を通して公表してきましたが、2000年を過ぎてから急速に電解機能水を歯科治療に応用する歯科医師が増加してきました。これは機能水が優れた効能を有し、しかも生体に為害性がないことから普及した結果ではありますが、使用している先生方が必ずしも機能水に関する正しい知識を持ち、適切な方法で用いて使用しているとは言い切れないのが実情でした。
 そこで機能水に関する正しい知識の普及の必要性が生じ、また歯科臨床治療への正しい使用方法を実践させる必要性が緊急課題となりました。また臨床治療への実践となると的確な診断と治療が求められてきました。それに伴ってEBM(Evidense Based Medicine)に基づいた機能水に関する治療の基本的な指針の必要性が指摘されるようになってきました。それを受けて2002年6月12日に開かれた日本口腔機能水学会常任理事会において、機能水の口腔領域への適用に関するガイドラインを作成することが決定されました。そこでガイドライン作成委員会を立ち上げ、伊藤公一教授を委員長としてガイドラインの作成に入りました。伊藤公一委員長を始め委員の先生方の努力により2004年2月に“口腔機能水ガイドライン”を上梓することができました。
 2007年4月1日より“良質な医療を提供する体制の確立を図るための医療法等の一部を改正する法律”が施行されたことなどから、国民の医療ならびに予防医学に関する考え方が安全・安心な医療へと変化していきました。また口腔機能水ガイドライン上梓後約5年間経過し、電解機能水に関する基礎的・臨床的研究が一段と進歩し、科学的水準も上昇し、さらに社会的に認知されるようになりました。そこで日本口腔機能水学会は国民に対して安全・安心に医療を実践・提供するため電解機能水の応用は不可欠であると考え、厚生労働省への電解機能水の口腔治療への応用の許可・承認、また歯科ユニット内管水路内の汚染が指摘されており、それを解決するため、歯科ユニット内管水路への電解機能水の応用の許可・承認を得る必要があると判断しました。これらの目的のために日本口腔機能水学会理事会においてガイドラインを改定することになり2010年3月に新しい口腔機能水ガイドラインが出版されました。

10.終わりに

 1995年、村井正大教授が日本大学歯学部を退職されたことにより、副会長から幹事に就任して頂き、副会長には鴨井久一教授が就任されました。この体制で毎年1回学術大会、総会・理事会を開催してきました。私は2014年3月に開催された第14回日本口腔機能水学会学術大会までの14年間会長を務めさせて頂きましたが、これからは基礎・臨床の第1線で活躍する先生方にご登場願い、更なる進化を遂げてくださることを願って会長職を退きました。
専門が補綴の私にとりまして、ひょんなところから強電解水についても研究を重ねることになり、微生物学をはじめ多岐に渡って勉強に取り組み、さらには異なる分野の先生方との意見交換が出来ましたことは、大変有意義な14年間でありました。
昨年の第15回日本口腔機能水学会より新体制で運営されております。本学会が新しい活力の満ちた若い先生方の努力によりこれからの益々の発展を期待しております。